確かに『聖徳太子』はいなかったようだけれど…

 すでに数年前より大山誠一氏が発表した『聖徳太子非実在説』についての話題が10日頃いろいろ話題になっているようですが、
確かに太子をやたらと神格化している『日本書紀』における記述でも、彼について『聖徳太子』とは一度も記していません(『聖徳』は一応は出ているが、あくまでも『豊耳聡聖徳』である)し、この『聖徳太子』という名称も、のちに名付けられていたりするのであります。
 一方、大山氏による仮説も少しフライングがある、という印象が私にはあって、「用明、崇峻、推古の三人は大王(天皇)でなかったのではないか」や「大王位にあったのは蘇我馬子」という例がそれなんですが、あくまでもこの中では崇峻非即位説しか、私としては納得できません(さらに、私的には多分に崇峻非即位の考えも大山氏とは別の根拠かもしれない)し、おのおの具体的に説明を読んでいってもまだ、「説としては草案段階なんだな…」って思っています。

附記。もし日本書紀の通りの用明天皇だったら、用明天皇、織田信長並みにぶっ飛んだおっさんだったのかも…