某所で投稿した『失敗作』の原文

『心地よく泳ぎたい』

 早く泳げて記録の出る水着があちこちで話にのぼっている。でもボクには縁のない話だ。だけど、5年前のボクがスイミングのエリートコースをそのまま進み続けていたら、その記録の出る水着を着るかどうかの騒ぎに巻き込まれていたかもしれない。何かの間違いで代表に選ばれる奇跡が起きていたら、との仮定の話だ、としても。
 でも、聞く話によると、その水着は身体に無理をさせてしまうとかということらしい。どっちにせよ、今のボクには全然関係ない話なんだけれども......
 今、ボクはとある場所にいる。もう5年半近くもここには訪れていなかった。ボクは、その5年半前に『ここ』を止めていたから。
 しかし、なぜかここにいる。------というのも、この......もうここの正体ばらしちゃってもいいかもしれないけれど、この場所がかつて…水泳エリート養成スイミングスクールだった。過去形で話しちゃうのもなんだけれど、ここ、別の所に買収されたので、この夏で閉鎖することになったんだけれど、それなので元生徒にこの夏限り開放するってことになったけれど、ほとんど人が来ない。その当時の指導者とここの多くの生徒は反発する関係だったからだ。そして派閥争いとかで指導者の多くは他のエリート養成の所に行ってしまったんだけれど…そしてそれからの5年半は、残った指導者の方々が細々と続けていた、と言う。それで経営の方が…と言うことで今に至ったと恩師から聞いた。

 さらに今日の開放は、なぜか監視係がいない、という…そして、来ているのは、今のところはボクだけで、意外なほど人影がない。
受付係に昔のスイミングスクールのメンバーカードを見せて確認してもらったあと、プールの方に向かい、更衣室に入る。そして、更衣室からプールに向かうシャワー室、そしてそこの扉を開けてみると見えるプール…全く人影が感じられなく、少し恐い気もした。でも、ボクは気を取り直してかびびってなのか分からないけれど、更衣室に戻った。そして、うろ覚えで準備体操をした。なんか懐かしさが感じられてきた。満足するまで準備体操をしたあと、脱いだ靴を下駄箱に入れ、上着とシャツも一緒に脱いで、ロッカーに入れる。
 上半身だけ裸になったとき、ボクは『やっと、泳ぐ準備が出来たぞ』と言う気分になった。そして、肝腎の物…確かこのスイミングスクールには水着類が男女ともに各サイズ用意されていて…で、それを着けて泳いだはずだけれど、今日に限ってはここにはない… 
 多分、普通はこう言うときは自分用のを持ち込んで…な、はずだけれど、今日のボクは、思い出したが幸い、ここに気まぐれで来ちゃった… 小学生的短ズボンだったら、そのまま更衣室からシャワー室に向かったけれど、ま、人影もないし、とりあえずはズボンを脱いで、シャワー室に向かおう。ベルトをはずしてロッカーにしまった。タオルを腰に巻いて、あとは勢いよくズボンを…えいやっ!そしてロッカーに、ぽん!と放り投げようとしたけれど、さすがにそれはダメだった…から、さっきの下のロッカーに入れなおした。

 そして、ボクはシャワーを浴び、そしてシャワー室から出て、プールサイドに向かい、スタート台に近づいたけれど、『これで飛び込むのは、なんか昔の嫌な思い出を思い出しちゃう』ので、プールサイドに行く。そしてボクは腰に着けていたタオルを取ると、そのままプールに体育座りをして沈んだ…
 よく、お腹の中の赤ちゃんに戻る、という話を聞くけれど、なんかそんな気持ち。どことなく腰が、すーすーするけれど、多分気のせいだろう…
 ボクは勢いよく水面から顔を出して、プールの底に足をつく。そして、飛び込み台のあるところ近くに行った。
 「どんな泳ぎをしようかな… 背泳ぎ以外はどれも余り好きじゃないけれど… とりあえず潜るか」
 ボクはバタ足だけで泳ぐ。水中に全身をうずめて深く進む。そして、反対側の方の飛び込み台にタッチして、ターンするときに上を向いて浮かび上がる。そうなれば、あとは、ゆっくりとバタ足だけで背泳ぎを楽しもう。
 「考えてみると水中メガネとか水泳帽を付けないで泳ぐって、本当に開放感って、感じだなぁ…」ボクはゆっくりと、窓側から逆にある入り口の方へと泳いでいった。 「なんか、このまま時間が少しずつ止まっていく感じ…」ボクのバタ足も自然に止まって、身体の向きも最初泳いでいた向きと正反対になっていた。
 足先を前にして進むことは珍しいから、一度、その形で泳いでみようかな、と思って、ゆっくりとスタート地点の方に泳ぎ出す。

 「うふふ、誰もいないわ」遠くから女のコの声が聞こえてくる。
 女のコは、胴体にタオルを巻き付けていたようだ。少なくとも両肩はむき出しの格好だ。彼女は、スタート台に昇ると前を見つめたままだった。
 「裸で泳いじゃいけないんだ〜っ!」女のコは笑顔でボクの下半身の有様を見ながら叫びつつ、身体に巻き付けていたタオルを下に落とした。
 「なーんちって、うふ」女のコも裸だった。そのまま彼女はプールに飛び込んだ。ボクは、裸の彼女に見惚れつつ、誰だろ?と思い出そうとしていた。
 「泳ぎが下手、って、スイミングスクールの先生に一方的に、どなられてたの」女のコは泳ぎながら語る。
 「その時、同い年で同じ早生まれの君があたしをかばってくれたの。見覚えある?」
 「あ、思い出した。そうだったんだ…その時の」ボクは泳ぎの上達が遅い女の生徒をかばったことを思い出した。
 「すっかりきれいになっちゃって…」ボクは、彼女が元気でとてもうれしかった。
 「だって、君、あたしの初恋相手だもん。片思いだけど」彼女はボクに語った。

 「でも水中メガネや水泳帽…それに水着を着ないで泳ぐって、エッチな気分じゃなくっても気持ちいいと思うけど、どう?」
 「ボクも、そう思うよ... でも、どうしたの?この髪留め?」
 「えへ、それしたら、泳ぐときに髪がジャマにならないもん」
 「それじゃ、ホントの意味で裸じゃないじゃん〜」
 「でも身体はなんにも着てないよ」
 ボクと女のコは笑いあった。そして、彼女の片思いが、両思いになった。